4回
2019/09 訪問
平日昼でも大盛況だが、ハイレベルな仕事は堅持
昼前に練馬区役所で会合があり、その後に折角なので少し足を延ばしてこちらに向かう。
11時の開店から間がない頃に入店したものの、すでに2組の先客が居るのに驚く。
座り慣れた右手の2人掛けの卓の1つを選ぶ。
まずはビール(スーパードライ小瓶)で始める。
お通しには「山菜漬け」が出された。
肴にはまず「黒豆揚げ出し湯葉」を注文。
以前に一度試したことがあり、特徴のある見た目と食感が印象に残っていたため頼んでみた。
黒豆で作った生湯葉を何枚か重ねて巻き、油で揚げたものに濃い目の甘辛いつゆが掛かり、上に糸がき鰹が盛られ大根と生姜のおろしが添えられている。
揚げることで歯応えが生まれ油のコクも加わり、すき焼き風の味付けと灰褐色の色合いからも牛肉もどきで、なかなかの食べ応え。
もう一品は「小さな野菜天ぷら」。
'小さな'といっても、まずまずのポーションの南瓜・茄子・パプリカ・エリンギ・しし唐が盛り込まれており、使われている高級食器の柄とともに華やかな一皿となっている。
揚げの技術は上々で、塩と天つゆの2通りで楽しむ。
追加の酒は、今回は日本酒の気分では無かったので「蕎麦和尚」という焼酎をロックでもらう。
11時半の時点でほぼ満席で、食事のみの客が多いため回転も良好。
その状況を横目にしながらも居心地は決して悪くなく、寛いだ蕎麦前を楽しむ。
蕎麦は口開けに近いため、久々に「蟻巣の田舎蕎麦」を選択。
10食限定のスペシャリテだけに、さすがに良い出来。
細かな星も見えて野趣は有るが、太過ぎずゴツゴツ感の無いスマートな仕上がり。
香りはそれほどでは無かったが、噛みしめると味が深い。
つゆの出来も相変わらず。
蕎麦湯は早い時間帯のため多少の手は加わっているが、ほぼ自然体のスタイルは好ましい。
いつも通りの快適な「蕎麦屋酒」が楽しめた。
今回の支払いは税込みで3,500円弱で、内容からすればリーズナブル。
こちらも「じゆうさん」同様に、元々は近隣住民相手の穏やかな商売だったが、一部の有力レビュアーの引き上げにより、交通の便がかなり悪いにもかかわらず遠方からも客が押し掛ける人気店になってしまった。
幸いにこちらは「じゆうさん」に比べれば人手が足りているため、メニューの制約などが見られなかったのは喜ぶべきこと。
接客面で難がありという声も聞こえるが、確かに人によっては素っ気ないと受け取られる部分もあるが、不快に思うほどのことは無い。
何度訪れても、期待を裏切らない安定した仕事振り。
名店犇めく練馬では、核となるべき蕎麦屋であることは間違いない。
2019/10/06 更新
2018/03 訪問
伝統の仕事も息づいていることを確認
勝手知ったる地元の優良店への定期訪問。
時刻は11時半前だが、すでに3組5.6名の先客が居る状況。
何度か座ったことのある一番奥の、坪庭を臨む席に通される。
寒が戻ったような曇天の下、まずは燗酒を所望。(銘柄は栃木佐野の「開華 みがき」)
以前のような燗のための凝った設えは無く、普通の徳利で供されたが一向に問題ない。
お通しには「蛸わさび」が少量付いた。
肴には「海老の踊りかき揚げ」を注文。
'踊り'の意味はちょっと不明だが、5.6尾の小海老を使ったかき揚げで、整った形から専用のセルクル型を使っているようだ。
上面は細かな揚げ玉で覆われたサクサクの食感で、胡麻油多めの「やぶ」よりも白っぽい仕上がりは、どちらかというと「堀井」に似たスタイル。
添えられた天つゆの色は薄いが、はっきりとした味わいは好ましい。
卓上の塩でも試したが、やはりおろし入りの天つゆの方がしっくりいく。
つゆを吸って潤びた揚げ玉が、酒の肴にもってこいである。
蕎麦は開店早々のため、10食限定の「蟻巣の田舎蕎麦」も当然残っているが、何回か経験済みのため、こちらはマニア志向の方にお譲りするとして今回はパス。
寒さも手伝って温蕎麦にしようと、その中でも江戸前ならではの種物である「おかめ」を選択。
運ばれた大ぶりの木鉢の景色は、ほぼ期待通り。
「おかめ」の顔にはなってはいないが、定法通りの2枚の「蒲鉾」は結構な厚さ。
他には大ぶりにカットされた自家製「玉子焼き」、「鶏むね肉」一切れ、それに'必須アイテム'である「どんこ椎茸」や「筍」も丁寧に煮含められている。
さらに小海老・三つ葉・柚子などが、色や香りを添えている。
蕎麦は熱いつゆの中でも、きちんと食感が保たれている。
つゆは醤油色はそれほどでも無いが、しっかりとした江戸前の奥行きのある味わいで、当然ながら最後の一滴まで飲み干して満足感に浸る。
値段は「蟻巣の田舎蕎麦」と同じ1,000円であるから、私のような人間にはこちらの方が有難い。
こちらは昔から器に高価な洋食器を使うなどの斬新さや、今どきの蕎麦屋と同じように挽きや品種にこだわる部分も見られる。
しかし天ぷらの仕上がりや、今回の「おかめ」の出来には、きちんとした江戸前の伝統も息づいていることは喜ばしい。
かつて練馬豊玉で「田中屋」が先駆けとなって示した、東京郊外における新しい蕎麦屋の在り方が、こちらで受け継がれていることを再確認。
独立して四半世紀を経て仕事の安定感では、最早老舗と呼べる風格が備わってきたことを、長年こちらに通い続ける人間として嬉しく思う。
2018/03/10 更新
2016/06 訪問
今は無き「練馬田中屋」を懐かしむ
再訪せねばと思う蕎麦屋は多いが、最近は雑事が立て込み、遠出となるとちょっと億劫。
そんな時は、近場で安心できる処に限る。
この日は偶々午前中に時間が空いたので、知り合いが出展している、中村橋に在る区立美術館に赴いた。
その後に早い時刻から開けているこちらに、雨模様のなか足を運ぶ。
11時を少し回った頃だが、既に2.3組の先客が居る状況。
手前の方の2人掛けのテーブルを選ぶ。
まずはビールの小瓶をもらう。
お通しは「数の子昆布煮」。
箸置き代わりの長皿や黒豆茶が入った茶碗には、相変わらずブラント物の洋食器が使われているが、そのセンスは悪くない。
肴には「小海老のかき揚げ」を選ぶ。
ちょっと時間が掛かって登場したかき揚げは、白っぽい揚げ上がりで、形もきちんと整ってはいないが、サクッとした食感は秀逸。
中からはプリッとした5.6尾の小海老が顔を覗かせる。
卓上に塩も用意されているが、おろし入りの天つゆの方がしっくりといく。
こちらの天つゆは色も味わいも薄目のため、これに浸すと今は無き「池の端藪」の「天ぬき」が思い返された。
具材の海老より、むしろ適度に潤びた衣の美味さが際立つ。
追加で京都の「徳次郎」を冷酒でもらったが、なかなか快適な蕎麦前となった。
蕎麦は'一日10食限定'の「蟻巣の田舎蕎麦」を取り置きしてもらっていた。
久々だったが、今回はやや太めに打たれており、香りも食感も申し分なし。
盛りはこの手の蕎麦屋にしては、多すぎるほど。
つゆの出来にも揺るぎなし。
薬味にたっぷりと添えられた山葵は効きは良いが、妙な粒々感が気になった。
蕎麦湯は口開け時のため、多少の手は加わっているが自然体に近く、美味しく〆られた。
概ね高いレベルの仕事と、CPの良さが維持されていることを喜ばしく思う。
(新規に9枚の写真を追加掲載)
≪2014年11月のレビュー≫
近所の優秀店への定期訪問。と言っても前回は親しいレビュアーさん方と訪れて以来であるから、2年も間が空いてしまった。
平日の午後に時間を作って足を運ぶ。
天気は今にも雨が降り出しそうな肌寒さだが、1時過ぎにもかかわらず店内は満席状態で、席が空くまで5分ほど待った。
昼なので酒は一合のみに止めるつもりで、「鳳凰美田」をぬる燗でもらう。
いつものように湯を張ったポットの中に、ステンレスのちろりが埋め込まれたスタイルで登場。
肴には偶には違ったものを思うが、やはりこちらでは「天ぷら」に目が向く。
「小さな天ぷら」(一品450円)と言うメニューが有り、これならばそれほど多くは無いだろうと、「海老」と「野菜」の2つを注文。
しかし「海老天」はまずまずの大きさのものが3尾、「野菜天」も赤パプリカ・エリンギ・茄子・南瓜・しし唐と言う内容で、2つを合わせれば立派な「天ぷら盛合せ」となるボリューム。
CPの良さはかつての師匠で、ひばりが丘の「たなか」を思わせるもの。
揚げ上がりや味に遜色なく、小皿ながらそれぞれに「てんつゆ」が付くサービスも嬉しい。
蕎麦は偶には温かいものをと「青ねぎ辛味そば」にする。
運ばれた丼には、真ん中に辛み大根のおろしが盛られ、周囲は浅葱かどうかは判断が付きかねるが、かなり細い青葱の小口切りが全面を覆っている。
おろしの辛味が思ったほど強くなく、つゆの熱さで大分和らいでいるが、香り高い葱の旨みはふんだんに楽しめる。
蕎麦はかけつゆの中でも、きちんと食感が保たれている。
つゆはそれほど濃くは無いが、うどん出汁のような醤油味の脆弱さは感じられない、しっかりとした味わい。
江戸前の老舗の通例とは異なり湯桶は付かないが、そのままで最後まで飲み干せる美味さで、満足度は高かった。
私が席を立ったのは2時過ぎだが、この便の悪い処に一体どこからやって来るのか、客足に全く途切れが無い。
揺るぎない仕事が、人気店の所以であろう。
(新規に4枚の写真を追加掲載)
≪2012年11月のレビュー≫
最近は昼にふらっと寄ることはあっても、それほど目新しい事項も無かったのでレビューの更新も怠っていたが、今回は最近方々のお店でご一緒させていただくレビュアーさんから、こちらでの会食のお誘いを受けて、久しぶりに夜の訪店となった。
6時にお店で待ち合わせ。
年配者への配慮から以前は日本間であった場所にカーペットが敷かれた、小上がりのテーブル席に通された。
いつものように「黒豆茶」が‘ウェッジウッドの湯呑み茶碗’で出される。
3人の予定だが、お一方が少し遅れるとのことで2人でスタート。
まず酒に京都の「玉川」をぬる燗で注文。
湯の中に特製の「ちろり」が収まる、洒落た設えで供される。
お通しの「黄金いか」は既製のものだが、上々の滑り出し。
頼んだ料理はまずこの2品。
「黒豆揚げ出し湯葉」:鉢の中の2つの塊は黒豆の色が濃く、まるで牛肉薄切りを巻いたよう。一旦揚げてあるので触感は固め。さらに蕎麦つゆベース濃いめの甘辛味はやや意外。
「小魚の網焼き」:笊に乗った天日干しの6種の干物(小鯵・さより・鱚・甘鯛・皮はぎ・たたみ鰯)が、炭火を仕込んだ小さめの炉とともに登場。これを客自らが炙る趣向は面白いが、味醂干しが主体のため味はやや単調。
そうこうしているうちにもう一方もお見えになり、3人揃って再スタート。
追加の料理は次の通り。
‘平日限定10食、淡い緑色’と付された「そばがき」:実はこれが本日のお目当てである。
湯に浸かったタイプで、この方式でまず思い浮かぶのは「まつや」や「かりべ」であるが、前者がもっちりとした固め、後者がふわふわを茶巾で絞った柔らかめであるのに対し、こちらのはその中間のほど良い弾力が伝わる、ねっとりとした仕上がり。
新そばの香りと色が楽しめるが、惜しむらくは取り分ける小鉢にあらかじめ蕎麦つゆが注がれていること。
これにボチャンと浸けては繊細な味が損なわれてしまうため、つゆを別添えにして好みで上から垂らすスタイルにしてほしい。
「だし巻き玉子」:焼き色は付いていないが、江戸前蕎麦屋伝統のしっかりした味付けでなかなか美味しい。
「天ぷら盛り合わせ」:大きめの海老2尾に鱚、野菜は南瓜・エリンギ・ししとうという組み合わせで、いつもながらの上手な揚げ上がり。値段はこの内容なら安い。
「にしん旨煮」:丁寧に柔らかく煮上げてあり、安定した味。
「かまぼこ」:普通のものだが、味付けの「つぶ貝」が添えられているのが面白い。
酒は神奈川の「黒蜻蛉」、福井の「九頭龍」などの冷酒を次々と注文。
いずれも料理との相性も良く、話も大いに盛りあがって楽しい時間が過ぎて行った。
そろそろ蕎麦をと、各自違ったものを注文。
私は「とろろそば」にしてみた。
つゆで延ばした「とろろ」を浸けるタイプで、正直「とろろ」自体には特別なものは感じなかったが、蕎麦は相変わらずの見事な出来。
曜日により変わる限定蕎麦は粗挽きの「田舎そば」で、もちろんそれはそれで素晴らしいが、結構呑んだ後の〆としては、やはり細かい挽きで角の立たせた、江戸前のスタイルが私の好みに合う。
やや太めであるが、その分しっかりとした食感が堪能でき、多過ぎるほどの盛りも難なく入ってしまう。
他の方の「黒豆納豆そば」「おろしそば」はいずれもぶっかけタイプで、これも少しずつ味見をさせていただいたが、それぞれ違った味わいがなかなか楽しい。
蕎麦湯はナチュラルなとろみで、味の余韻に浸るには相応しい。
私も夜は久しぶりで、また何回も訪れている割には今まで限られたものしか試していなかったので、今回は「そばがき」はじめ、色々なメニューを味わえたことは有難かった。
実に快適なひと時を共有させていただいた皆さんに、改めて感謝申し上げたい。
≪2011年5月のレビュー≫
我が家からは1キロほどであるためいつでも寄れると思いつつ、1年以上ご無沙汰してしまった。
時間が空いたので久しぶりにこちらの‘十割’を試してみたくなり、平日の11時半ごろ訪れたが、すでに半数の席が埋まっている。
「十割」が残っていることを確認して、まずビールと「夏野菜の天ぷら盛り合わせ」を注文。
お通しの「松前漬」で一息入れているうちに「天ぷら」が登場。
‘賀茂茄子、南瓜、谷中生姜、茗荷、枝豆のかき揚げ・・・等々’で、相変わらずボリュームたっぷりだが、大抵の客が「天ぷら」を注文するためか、こなれた仕事で重たさもそれほど感じず、ビールのグラス片手にぺろりと平らげてしまった。
‘十割そば’は日替わりになっており、水・金・日は「蟻巣石の田舎蕎麦」である。
挽きぐるみのややザラッとした食感だが、香りは十分。
細めに打たれ、しなやかさも備えた見事な仕上がりで、卓越の技を感じさせる。
「つゆ」も相変わらずの美味さ。
最初はやや甘さが立っているように思うが、ナチュラルな「蕎麦湯」で延ばせばすっきりとした味わいが広がる。
今回もなかなかの満足感。
これからも年に1度は通い続けたい。
≪2010年3月のレビュー≫
「法師人」や「ふる井」同様、遠方からわざわざ訪れる方々には、さぞや便が悪いと思われる立地。
現在のひばりが丘「たなか」の田中國安氏が、「ねりま田中屋」の主人であった頃に蕎麦打ちを学び暖簾分け。近隣の住民には「南蔵院の田中屋」として親しまれていた店。
田中屋の経営者が変わり「明月庵」が冠された後に、現在の店名に変えた。
その「明月庵 田中屋」もオーナー会社の意向で、練馬の店は一昨年閉店。現在はかつての支店だった銀座を本拠(明月庵田中屋)として、命脈を保っている。
地元人間には今昔の感がある。
自宅改造型の草分けであり、30席ほどのこじんまりとした構えだが、店内の雰囲気に往時の「田中屋」を思い出させる。
産地や挽き方にこだわった蕎麦の仕上がりは、時々で打ち方を変えているようで精妙な仕事。
しっかりとした歯ごたえの中に香りもあり、見事な出来である。
つゆもバランスのとれた味わい。
「天ぷら」の種類は季節ものなど、いろいろと用意されていて楽しいが、少々サービス過多と思われるほどのボリューム。揚げ上がりは悪くないが、食べ進むうちにやや重たく感じてしまうのが残念。
「玉子焼き」はじめその他の料理はまずまずで、酒の品ぞろえにも不満は無い。
値段は良心的で「田中屋」に比べれば、盛りも良い。
器はなかなか凝っていて、湯呑みが「ウェッジウッド」だったり、薬味皿が「ジノリ」であったりと、洋食器を取り入れているのも面白い。
昔はのんびり出来る店であったが、現在は休日などは、かなり遠くからおいでなる方もいるようだ。車で訪れる人も多いが、飲めなくては蕎麦屋の楽しみは半減。出来れば電車やバスでのお越しをお勧めする。
限定10食の「十割蕎麦」にありつくには開店早々に訪れる必要があるが、それにこだわらなければ、平日の2時前後と夜の口開けが寛げる時間帯。
2016/06/16 更新
緊急事態宣言が再び発令されるようで、しかも今回は飲食店での酒の提供を禁止が要請されるとのこと。
そうなると「蕎麦屋酒」を拠り所として食べ歩きを続けている私などは、居場所が無くなってしまう。
とりあえず今のうちに行っておこうと向かったのは、勝手知ったる地元の優良店。(訪店日:4/23)
11時の開店直後に到着したが、すでに下のテーブル席は塞がっている。
久々に靴を脱いで上がる、絨毯敷きの座敷に通された。
まずはビールで喉を潤そうと思うが、こちらはビールは「スーパードライの小瓶」しかない無いのが残念。
背に腹は代えられず、これを注文。
お通しには「茸のお浸し」が付いた。
あまりゆっくりするつもりは無かったので、早々に蕎麦を注文。
メニューの冒頭に載っている「春色天せいろ」を選び、合わせて「枡酒」を頼む。
こちらの枡酒は昔から独特の形状で、これをチビチビやりながら天ぷらの出を待つ。
面白いのは、山葵が客に摺らせるスタイルになっていること。
蕎麦が出る前に、立派な金属製のおろし金と結構太い本山葵が一本出される。
これは今は無き「ねりま田中屋」が50年ほど前に始めた手法で、その後「本むら庵」でもこのスタイルを取り入れていたが、おろし金が小さく扱いにくいため現在はやめてしまった。
こちらのおろし金は目が細かいので、円を描くようにゆっくりと摺って行けばきめ細かく仕上がり、辛さとともに甘みも引き出されて、蕎麦が出る前に箸先で摘まめば酒の肴にもなった。
7.8分で一式が角盆で登場。
天ぷらの内容は、海老や鱚も入っているが、筍・タラの芽・蕗の薹・蕨・ウルイ・菜の花といった春の山菜が中心。
揚げ上がりはまずまずで一つずつ丹念に味わうのは楽しく、かなりのボリュームだがもたれるようなことは無い。
主に卓上に置かれた「雪塩」で食べ進めるが、蕎麦と兼用の濃い目のつゆにちょこっと浸しても美味しい。
蕎麦は相変わらずの安定した仕上がり。
香り・食感・のど越し、いずれにも秀でた優れた仕事である。
今回は数量限定の「蟻巣の田舎蕎麦」にしなかったが、普通の「せいろ」でも十分。
つゆの出来も揺るぎない。
返しの深みと出汁の旨味がバランスよく融合した、優れた仕事である。
極端に濃くは無いので、天ぷらを浸しそれに蕎麦を絡めれば味の相乗効果でさらに美味い。
蕎麦湯は口開けなので多少の手は加えられているが、自然体に近く気持ちよく〆られた。
相変わらずの快適な時間を過ごせた。
数年前に90歳で他界した名人「田中國安」さんが興した「ねりま田中屋」から独立して30年。
環七沿いに威容を誇った「田中屋」はすでになく、銀座に「明月庵田中屋」として命脈は保っているが経営権は次々と移り、田中さんから直に指導された職人はもはや居ないと思われる。
もちろん現在のこちらの蕎麦も昔の田中屋のままでは無いが、その基本の仕事と精神は受け継がれていることを、長年通い続ける地元民として喜ばしく思う。
今回は客に山葵を摺り下ろさせるスタイルが復活しており、往時の田中屋が思い起こされて嬉しかった。
こちらは近隣の住民相手が中心のため'禁酒法'が発令されても、それほど商売に影響は無いと思われる。
ほとぼりが冷めた頃に、また訪れてみたい。
もちろん「蕎麦屋酒」目的で。