5回
2021/01 訪問
安定した仕事振り
地元の馴染みの蕎麦屋への定期訪問。
超人気店となった現在でも、私にとっては日常的に気安く寄れる一軒。
開店から間もない時刻に入店。
先客は1組と言う状況は、コロナ禍の影響で多少客足は減っているかなと言う印象。
しかし私の後からはパラパラと客入りがあり、12時頃にはほぼ満席状態。
愛想の良い花番の女性に迎え入れられる。
厨房内にはご主人と先代主人のお父さん、それにご主人の片腕の男性の3人の姿が見える。
すぐに気づいてくれたご主人に挨拶し、定位置のカウンター右端の席を占める。
まずは生ビール(ヱビス)で始める。
お通しは定番となった「蕎麦チップスのじゃこ山椒のせ」で、上々のスタート。
肴には「干し貝柱と椎茸入り卯の花」をもらう。
自家製豆腐を作った際のおからを使用をしており、薄味の上品な仕上がりでしみじみとした味わいが好ましい。
花番さんから'本日の酒'の広島の「誠鏡」を勧められる。
'お燗でもいけますよ'の声に、ぬる燗でお願いする。
適温につけられた酒は、ふくよかな味の広がりを見せて実に美味しい。
これらで暫し寛いだ時間が流れる。
蕎麦は季節ものの「焼き葱温汁せいろ」に食指が動く。
注釈には'鴨あぶらで白葱を焼いた温汁'となっており、面白そうなので頼んでみた。
先に朱塗りの椀で熱々のつけ汁が登場したが、具材は炒めた白葱の他に青い葉も煮込まれ、さらにほうれん草もふんだんに入っている。
鴨の脂を纏った葱は甘く、ほうれん草の根元の赤軸の部分も実に美味い。
後で伺ったら野菜は益子の契約農家から直送された、この時期ならではの旨味が増したものを使用しているそうだ。
もちろん脂や野菜の味が加わったつゆも、濃厚で深みのある味に仕上がっている。
一片の柚子と途中から振り入れる自家製の七味唐辛子も、良い効果を生む。
次いで出された蕎麦の出来にも、間然する所は無い。
シャキッとした食感で、軽快な喉越しも良好。
しっかりと感じられる香りから、コロナの予兆も無いことに安堵(笑)
最近しばしばやるように、先に蕎麦だけを啜りその後でつゆを少量含むことで食べ始め、その後で先端のみを浸すことで一気に完食してしまった。
こちらでは蕎麦湯は通常手が加わったものが出されるが、ご主人は私の嗜好を覚えていてくれて、釜湯のままの自然体が登場。
おかげさまで多めに残ったつゆもすっきりと伸び、最後の一滴まで余すところなく飲み干せた。
相変わらずの満足度の高いひと時を過ごせた。
何度も訪れるとワンパターンになりがちだが、今回の「葱汁せいろ」など、何らかの新しい発見が有るのがこちらの良いところ。
いつも店に出ていたお母さんの姿が見えなかったが、この日は偶々お休みとのことで、それに代わる花番さんの気持ちの良い応対ぶりも好印象。
帰りがけにご主人と少し言葉を交わしたが、コロナ禍の影響は都心の店ほど深刻ではないとのこと。
「じゆうさん」としてリニューアルされてから16年が経つと言う。
ここまでの店に上り詰めたのは、ご主人のたゆまぬ努力の賜物である。
当初からこちらに通い続けているものとして、まことに喜ばしく思う。
2021/01/30 更新
2020/01 訪問
人気店となった現在でも真摯な仕事ぶりは健在
近所なのでいつでも寄れると思いつつ、2年半以上間が空いてしまった。
繁忙時を避けた、平日の13時過ぎに入店。
先客は2組と言う状況。
定位置であるカウンター右の席を選ぶ。
すぐに気付いたご主人が、奥から挨拶に出てきてくれた。
まずは「生ビール」。
お通しの「揚げ蕎麦」には「じゃこ山椒」が混ぜられている。
肴は何にしようと品書きをめくっていると、ご主人は'夜のメニューでもお出しできるものもありますよ'と言ってくれた。
そこで「鴨ロース」をお願いする。
供された小鉢には、茹でた青菜(山東菜)の上に、丁寧にローストされ薄目にスライスされた抱き身7.8切れが盛られている。
歯触りはしっかり目だがジューシーな仕上がりで、青菜のシャキシャキした食感と相俟って実に美味しい。
酒には佐渡の小さな酒蔵が醸している「真稜」と言う銘柄をもらう。
ふくよかな味わいが好ましく、ゆっくりと蕎麦前を楽しむ。
蕎麦は偶には温かいものと思い「おあげそば」を頼む。
自家製の厚めに揚げられた油揚げ2枚が、かけつゆで煮込まれ蕎麦の上に乗っている。
まず蕎麦を手繰るが、精緻な茹で上げのため細めながら切れ切れになることは無く、歯触りもしっかり。
揚げを摘まんでみるが、なかなかの量感で食べ応え十分。
出汁の香り高い元々のつゆも美味いが、揚げの油分が加わり味に深みが増している。
添えられているのは自家製の七味で、これを途中から振り入ればさらに楽しい。
蕎麦を啜り、つゆも全て飲み干して満足感に浸る。
期待通りの快適な時間を過ごせた。
安定した仕事振りは相変わらず。
繁盛店になっても真摯な姿勢は貫かれている。
手の空いたご主人とは、少しお話しすることが出来た。
「じゆうさん」としてリニューアルしてから、早いもので15年になると言う。
誕生当初はまだ二十歳代でやや頼りないと思えたご主人も、名店の主としての貫禄が出て来た。
主な話題は、同門の「かりべ」の移転の件や、こちらも同門の「玉笑」が渋谷に設けた支店についてだったが、一方で最近急に店を閉じる蕎麦屋が増えたことも話に出た。
店主の高齢が原因の場合が多いが、結構若手の店でも体調を崩して止めるケースもある。
ご主人は'手打ち蕎麦屋の主は皆疲れていますよ'と言っていたが、蕎麦打ちはもとより営業時間中も含めると、かなりの重労働であることは想像以上のようだ。
こちらは現在ご主人の他に片腕となる若い男性が居るが、それでも体への負担は大きいと思われる。
正直ここまでの人気店となることは想定外と思われ、心身ともに休まらないことも多いだろうが、無理をせずに末永く続けられることを切に願う。
2020/01/24 更新
2017/06 訪問
地元民にとっては、日常的に「蕎麦屋酒」を楽しめる店
あれよあれよと言う間に人気店に押し上げられてしまい、相変わらず遠方よりこの店を目指しておいでになる、ご奇特な方も居るようだ。
しかし長年通い続ける地元民にとっては、日常的に「蕎麦屋酒」を楽しめる嬉しい店。
忙しくなって天ぷらを止めざるを得なくなったなど、メニューに制約が出てしまったことは残念。
これも安定的な仕事を維持したいという、真摯な姿勢の表れとして理解している。
平日の1時過ぎに出掛けてみた。
混んでいるのではと言う予想に反して、梅雨空のせいか先客は一人と言う状況にはちょっと拍子抜け。
スタッフにはご家族に加え、若い男性助手の姿も見える。
前回は1年半ほど前だが、随分間が空いたような気がする。
すぐに気が付いてくれたご主人と挨拶を交わしつつ、私の定位置であるカウンターの右から2つ目の席を選ぶ。
まずは「生ビール」。
お通しには「揚げ蕎麦チップス」が出されたが、上には少量のじゃこの佃煮が振りかかっている。
メニューは竹やぶ系ならではの分厚い冊子では無く、名刺入れのようなコンパクトなスタイルに変わっている。
その中から「いろいろきのこのお浸し」を選択。
運ばれた小鉢には、7種の茸(なめこ・椎茸・舞茸・木耳・ブラウンマッシュルーム・エリンギ・えのき)がやや濃い目の加減で煮含められ、煮汁ごと冷したものに茹でた蕎麦の実が散らされている。
それぞれの茸の持ち味が相乗効果で高め合い、量もたっぷりで食べ応えが有る。
茸と言うと秋のイメージがあるが、年間を通して安定的な味が約束された重宝な素材と言える。
酒に静岡の「喜久酔」を一合。
これには「自家製の漬物」の小鉢が添えられた。
内容は酸味の効いた胡瓜・人参・大根・山芋のぬか漬けで、大豆や昆布も添えられており、それぞれの歯触りが楽しい。
もう少し飲みたくなり、品書きにない'おすすめ'に「澤屋まつもと」があるというのでお願いするが、微発泡の味わいがなかなか面白い。
追加の肴に定番の「湯葉のせの自家製豆腐」をもらうが、大豆の甘みが生きた相変わらずの出来栄え。
これらで暫しゆるりとした時間を過ごす。
蕎麦には今回はちょっと遊んでみたくなり、蕎麦専門の有名女性ブロガーの書き込みから気になっていた「レタスとトマトの冷製かきたまそば」を注文。
運ばれた木の鉢の表面は、とろみの付いたかき玉入りの冷たいつゆで覆われている。
中央には茹でてから束ねてカットされたレタスと、生のトマトのスライスが置かれている。
蕎麦を手繰ればしっかりとした歯応えで、それに優しい舌触りのつゆが絡まって来る。
レタスのシャキシャキとした食感と、トマトの酸味も好ましく、なかなかの完成度を見せている。
箸と蓮華がスイスイと進み、つゆも全て飲み干して完食。
温かい蕎麦湯も出されるが、私の嗜好を覚えていてくれて、手を加えない釜湯のままの自然体を出す気遣いが嬉しい。
しみじみとした充足感に浸る。
さらに食後に、サービスで「特製アイス最中」を出してくれた。
自家製の小倉アイスとコーヒーゼリーを軽く炙った最中の皮に挟んだもので、まだ試作段階だそうだが、遊び心が感じられて楽しめた。
今回は珍しく閑散としていたので、ご主人とはゆっくりと言葉を交わせた。
主な話題は他の蕎麦屋の情報についてだが、さすがに同業者だけあって、私が最近足を運んで好感を持った処については、きちんと押さえているなという印象を受けた。
人気店になっても私にとっては、開店当初から通い続ける大切な店。
日時を選べば、ゆっくりと過ごすことが出来る。
これからも末永く見守って行きたいと思う。
2017/07/01 更新
2015/12 訪問
三代目主人の志の高さを愛でたい
いつの間にか、都内の蕎麦屋ではトップにランクされる店になっている。
こちらを目指して、わざわざ地方から上京する方もいらっしゃるようだ。
開店以来10回以上は訪れているが、以前は気軽に「蕎麦屋酒」が楽しめる、私にとっては有難い一軒であった。
忙しくなってメニューの幅を狭めざるを得ない状況は、何とももどかしい。
現状を確認したいと思いながら、2年近く間が空いてしまった。
平日の1時半頃に入店したが、それでも5分の入り。
ご無沙汰していることを詫びつつ挨拶を交わしたが、若主人はじめ一時体調を崩していたと聞いていたご両親も、歓待してくれた。
昔から私の定位置である、仕事振りが良く目に入る、カウンターの右から2番目の席を選ぶ。
今回は「冷酒」(喜久酔)から始める。
お通しは、定番の「山葵漬け」。
肴には「蕎麦の実とろろ」を選択。
粗く砕いた大和芋に、茹でた蕎麦の実、もずく・揉み海苔をあしらい、そばつゆを張り、山葵が天盛りにされている。
更に「手作り蒟蒻の葱味噌のせ」を、サービスとして出してくれた。
「癇酒」(金鶴)を追加し、暫し寛いだ時間を過ごす。
さて蕎麦はどうしよう。
この時間帯でも「田舎」は残っているとのこと。
久々なので、ちょっと多いと思ったが「せいろ」と「田舎」を一枚ずつ注文。
ともに相変わらず、非の打ちどころのない見事な仕上がりである。
このレベルの仕事をコンスタントに維持している、若主人の非凡な才能に改めて感心する。
更に深いコクを湛えた「つゆ」にも、更なる精進の跡が感じられる。
水差し状の器で「蕎麦湯」が出され、少し注いでみたが、過度のとろみの無い自然体に近いもの。
しかしすぐに主人は'すいません。間違えました'と言って、釜湯のままのものと交換した。
過去何回か通ううちに、私の主義や嗜好を伝えることが有ったが、それをしっかりと覚えていてくれたことを嬉しく思う。
2時半近くになり、手の空いた若主人に、少し話を伺うことが出来た。
「天ぷら」を止めてしまったのは、人手の関係も有るが、きちんとした考えに基づいたこと。
手の広げ過ぎを縮小して、より蕎麦の精度を高めようとする姿勢を支持したい。
私にとっては、慣れ親しんだ大切な店。
これからも、日時を選んで通い続けたい。
(新規に10枚の写真を追加掲載)
≪2014年2月のレビュー≫
以前に比べれば頻度は減ったが、やはり1年に一度は訪れたい店。
自転車で向かえば4.5分であるが、この寒さに加え当然一杯やることを前提にバスを利用。
時刻は1時過ぎ、店内は落ち着いていた。
今回もまず熱燗(銘柄は「金鶴」)をもらう。
肴は定番の自家製湯葉が乗った「豆腐」。
大豆の甘味が濃く、添えられた出汁醤油はほとんど使わなかった。
すぐにお銚子は空き、追加に「喜久酔 特別純米」をもらう。
作業が一段落した主人と歓談しつつ、ゆるりとした時間を過ごす。
蕎麦は久しぶりにこの時期のスペシャリテ「九条葱おろし温そば」にする。
さっと煮込まれた柔らかい九条葱と、擦りおろされた辛み大根がたっぷり乗った温かい蕎麦である。
九条葱は京都産ではなく、埼玉で栽培されているものとのことだが、今年は例年に無い寒さのため葉が痛んでしまい品薄と聞いた。
辛み大根は石川から取り寄せた「紫辛味」という特別な品種で、程良い辛さとともに適度な水分も有る。
以前のレビューでも述べたが、かけつゆの熱で徐々に辛味が甘味に転化する様は絶妙である。
食感を残した蕎麦の状態も良かった。
開店当初は、線の細さと多少の堅さが感じられたイケメンの若主人も、今ではすっかり仕事振りにも表情にも、落ち着きと安定感が見られるようになった。
改めてこの沿線の蕎麦屋の層の厚さと、近所に住まいする有難味を実感。
≪2013年1月のレビュー≫
定期訪問。
と言っても、1年以上間が空いてしまった。
最近はかねてよりの熱心な信奉者に加え、新しい方からの高評価が引きも切らない。
ゆっくりしようと、年も明けた平日の昼間、開店直後に訪れる。
時節がら、まず熱燗を所望。銘柄は佐渡の「金鶴」。
酒器は益子の‘作家もの’。
お通しは小さな色紙切りの海苔が添えられた、「自家製の山葵漬」である。
肴には「赤葱のぬた」を選ぶ。
下仁田ほどの甘味はないが、適度な食感で滋味あふれる一品。
僅かな時間だったが、奥から出てきた若主人と言葉を交わす。
最近は「蕎麦屋酒」目当てより、食事目的の客が増えてきており、その対応を思案中とのこと。
こちらの蕎麦は決して盛りは悪くないと思うが、蕎麦前の無い客にとっては、少ないのかも知れない。
そうこうしているうちに次々と後客が来店で、ほぼ満席となる。
冷酒に鳥取の「鷹勇」。
肴にも「にしんと椎茸煮」を追加したが、丁寧な仕事はゆるぎない。
1時過ぎになっても客足に途切れはなく、それに合わせて「せいろ」を1枚注文。
立て込んでいても、相変わらず精緻な仕上がりである。
香りも十分、歯触りも喉越しも良好。
やはり「田舎」よりも微粉の「せいろ」の方が、私との相性は良いようだ。
今回は明らかに濃過ぎる手の加わった蕎麦湯も、つゆの美味さのおかげで、それほどの嫌味を感じなかった。
忙しくなってくると少しバタバタしてくる状況は毎度のことだが、親子3人の連携は取れている。
マイレビュアーさんに纏わる、ちょっと残念な仕儀を耳にして以来、何となく二の足を踏んでいた。
接客については今一つの思いは払拭できないが、味の面で間然するところは見当たらない。
≪2011年10月のレビュー≫
ここのところ近所の新規の蕎麦屋に目が向いてちょっとご無沙汰していたので、昼の空いた時間に寄ってみた。
平日の1時過ぎはさすがに混んではいない。
酒は定番の「喜久酔」の特別純米。お通しには気の利いた「大豆の煮もの」が付いた。
肴には「豆腐の味噌漬け」を選び、ゆるりとしたひと時を過ごす。
さらに久々にこちらの「粗挽きそばがき」が試したくて注文。
心地良い香りと食感に、酒に「豊潤」を追加してしまう。
蕎麦は十割の「せいろ」。
濃いめの「つゆ」の出来にも間然するところは無い。
「蕎麦湯」は多少手が加わっているが、過度のどろみは無い。
「つゆ」は徳利では無く猪口に直接入っているので、別に蕎麦猪口が出されるのは有難い。
今回は2つの猪口を交互に口に含んでみたが、それぞれの美味さがより際立ち面白かった。
手の空いた主人と言葉を交わす。
話題は最近店を設けた同門の兄弟子の「玉笑」や「東白庵」についてなど。
この沿線には個性的な蕎麦屋が目立つことに触れると、主人曰く"拘りの蕎麦屋はいたる所に在り、この辺りに特に多いと感じるのは、たまたまお客様の方に蕎麦屋好きな皆さんが多数いるため"とのこと。
蓋し頷ける言葉である。
斯く言う私もそんな人間の一人なのかと妙に納得。
≪2010年12月のレビュー≫
久しぶりの「じゅうさん」である。
最近は急に評判が高まり、土・日曜などは、結構立て込むようになったようだ。
家族だけで営む小規模の店であり、手が回らない状況に出くわした方からは、芳しからぬ意見も聞かれるようだが、日時を選べば比較的ゆっくりできる。
平日の12時前に寄ってみた。
酒は軽く「喜久酔」に、肴はお通しの自家製の「わさび漬け」に、定番の「湯葉が添えられたとうふ」で暫し憩う。
相変わらずの居心地の良さを満喫。
蕎麦は季節の温蕎麦から「九条葱のおろしそば」を選択。
「辛み大根」のおろしが、熱いかけ汁によって辛味が甘さに転化し、絶妙の味わいを見せる。
「九条葱」の歯触りと、多少ぬめりを出した細打ちの蕎麦との相性も楽しい。
素材も吟味されているが、それを見事な味に仕立てる技を感じさせる逸品であった。
場所は中野区・新宿区・練馬区・豊島区の境目付近で、遠方から訪れる人には不便な立地と言われるが、もともとこの場所に存在していた店である。
この近くでも「法師人」「ふる井」や「野中」に比べれば、駅からはずっと近い。
幹線道路に面しているが、一歩入れば静かな住宅街で、このグレードアップは成功であったと思う。
今回のような使い方ならば、あまりCPの悪さは気にならない。
手のあいた主人との四方山話も楽しく、ゆるりとしたひと時を過ごせた。
≪2010年2月のレビュー≫
最近、都心からタクシーで練馬方面に向かう時、運転手に“十三間を真っ直ぐに”と告げても分からない時がある。ここの店名は戦前に軍用道路として敷設された、目の前の「十三間道路」に因む。
この店かつては普通の蕎麦屋であった。三代目は一念発起、柏の「竹やぶ」で修業の後、5年ほど前、自家製粉の完全手打ちの店として、店舗ともどもグレードアップした。
両親が若い主人をサポートする。
若いながら、主人の仕事への姿勢はストイックなほど。
妥協をしない仕事振りのため、混雑時は時間が掛かることもあるようだ。
当初は街場の蕎麦屋の仕事が身についていた両親とのギャップが垣間見えたが、最近はお父さんの天ぷらも洗練され、お母さんの接客もこなれてきたように思う。
もちろん蕎麦の出来には間然するところは無く、落ち着いた雰囲気の中、ゆっくりと寛げる。
盛りの少なさや、価格帯はいわゆる「竹やぶ流」のため、単に食事処として利用する向きにはCPは悪いであろうが、「蕎麦屋酒」を楽しみに通う地元人間には、恰好な店である。
2015/12/09 更新
今年の2月から店舗の改装工事で休んでいた「じゆうさん」が、6月10日に再開店。
夜は予約制とのことで、早速ネットで申込み訪れて見た。
歩いても行けるが、梅雨空のためバスで向かう。
17時半少し前に到着すると、2人の方が外で開店を待っている状況。
建て直されてはいないが入口の位置など外観は大きく変わっており、派手さの無いひっそりとした佇まいを見せている。
定刻になっても暖簾が掛からなかったが、夜は予約客だけなので敢えて出していないようだ。
扉を開けると、ご主人がにこやかに迎え入れてくれた。
祝花の胡蝶蘭が並ぶ通路が奥に続いており、客席は左手の厨房前のカウンターに3席、テーブル3卓に12席ほどと、以前の店よりも席数は少し減らしている。
昼の状況は分からないが、夜はご主人と美人の若女将の2人で賄われており、完全予約制の為このくらいの規模が限度のようだ。
テーブル席も空いていたが、カウンターを選択。
天板は以前の店舗から転用された粗く削った分厚い欅の一枚板で、私にとっても思い出深い。
前の店は目白通りの騒音が漏れ聞こえ、風も入り込んでくるような造りだったが、客席を奥に設けることで静かで落ち着いた雰囲気となっている。
BGMには女性ボーカルの名曲集が、静かに流されている。
予約時に季節の「素料理盛り合わせ」と飲み物一品の2,000円のセットが基本であり、その後はお好みで注文できることが知らされていた。
まずは「ハートランド小瓶」をもらう。
それに続き盛り合わせが角皿で登場し、内容は次の5点盛り。
「茸のお浸し」:なめこ・しめじ・舞茸・エリンギ・エノキタケが、薄味の出汁で煮られそのまま冷やされている。自然のとろみが好ましく、それぞれの持ち味と食感が楽しい。
「卯の花煮」:昆布や細かに切った野菜が入り、優しい味付けが印象的。
「たたき牛蒡」:小さな拍子木にカットして煮含めた牛蒡に、擂った白胡麻がまぶされている。
「蕗の煮物」:淡い緑色に仕上がっており、香りも歯触りも好ましい。
「自家製糠漬け」:茄子・大根・人参・胡瓜で、昔からのぬか床が使われていると思われ、浅めの漬かり加減だが滋味が感じられる。
追加の料理には2品を注文。
「玉子焼き」:通常は2人前からだが、1人前でも受けてくれた。
手早く焼き上げられた熱々が登場。
出汁をたっぷり含ませる関西風のスタイルで極めて柔らかいが、水っぽくなく味がしっかりしている点は、江戸前蕎麦屋の手法も加味されている。
染めおろしを添えての味わいは口福の極み。
「鴨ロース」:抱き身を丁寧に血抜きし、富士酢のたれで低温調理してあるとのこと。
薄目にスライスされているが、噛めばジューシーな旨味がほとばしる。
添えの野菜はその都度変わるが、今回はグリーンペッパーとオレンジピールで調味された「キャロットラぺ」と「小松菜のおひたし」だったが、丁寧な仕事が感じられる。
酒は以前から佐渡の小さな酒蔵の銘柄が置かれており、今回も2種類を1合ずつ頂いた。
「真稜」:やや甘口ながら、ふくよかな味の広がりを見せる。
「風和」:優しい飲み口で、すっと入って行く心地良さが印象的。
料理の美味さと相俟って、実に快適な蕎麦前となる。
そろそろ蕎麦を注文。
夜は予約の分だけ打っているようで、まずは「田舎」を1枚。
石臼で手挽きした粉を用いた十割だが、綺麗に揃った細打ちで当然ながら香り高い。
細かな星は見えるがざらつき感は無く、シャキッとした歯触りと共にしなやかさも兼ね備えた優れた仕事である。
産地は群馬の桐生とのこと。
「つゆ」の出来も素晴らしい。
深いコクを湛えた返しと、旨味が強く香り高い出汁が融合した見事な仕上がりで、濃厚だがバランスはとれており、これを舐めるだけで酒があと1合呑めるほど。
猪口に直接注がれているが、つゆに浸すことなく、蕎麦を少量ずつ啜りその後でつゆを少し口に含む手法で食べ進める。
優れた蕎麦に限って私が時々試みる食べ方だが、こうすることで両者の良さが存分に堪能できる。
こうなるともう一方の「せいろ」も食べて見たくなり、少し小盛りでお願いする。
こちらも十割だが微粉で、均一に揃った滑らかな食感が心地よく、香りは「田舎」に決して引けを取らない。
こちらは伊吹在来とのこと。
同様の手法で食べ進めるが、スルスルと完食してしまった。
「蕎麦湯」は以前と同じく急須で。
中身は通常は手が加わったものが提供されるが、ご主人は私の嗜好を覚えていて釜湯のままの自然体を出してくれた。
濃い目のつゆを割れば綺麗に伸びて、旨味が紐解けるように豊かな広がりを見せる。
ここまででかなり満腹となったが、他の方が頼んでいた「自家製プリン」が気になりお願いする。
楕円形のタッパで蒸し固められたものがカットして出されたが、品書きには'固め・カラメル苦めの大人の味'と記されている。
実際にもしっかりした食感とたっぷりと浸ったカラメルの苦みが楽しく、食べ応えも十分で満足できた。
この日の予約は私を含めて4名。
他の皆さんが退店したあと、ご主人とは少しお話しすることが出来た。
夜の営業は17:30からだが入店は19:30まで可能で、閉店は20:30とのこと。
近辺の蕎麦屋事情などに加えて、この時期にリニューアルさせた経緯なども伺った。
元々実家だった「長寿庵」を「じゆうさん」として再出発させたのは17年前で、ご主人はまだ20代の若者で、それを先代の両親が支える体制でスタート。
私は開店早々の頃より見つめて来たが、「柏の竹やぶ」での修業経験を生かした手打ちの蕎麦は評判を呼び、近所ではちょっとした有名店となる。
折しも「食べログ」なるものが世間に周知され始め、それに乗った有力レビュアーの書き込みに押し上げられて常に上位にランキングされ、遠方からわざわざ足を運ぶ客も現れる。
蕎麦屋100名店の常連となり、ミシュランガイドへ掲載された時期も有ったが、多少過熱気味だった人気はコロナ禍の影響もあり少し落ち着いているように見受ける。
懸命に店を盛り上げ、真摯な仕事ぶりを貫いて突っ走ってきたご主人も、最近は多少お疲れ気味のようだ。
しかし努力の甲斐あって、今では店は押しも押されもされぬ存在となった。
結婚してお子さんも誕生した現在、腰を据えたスタイルに移行させたいと言うのが、今回のリニューアルの一番の理由のようだ。
長年息子さんをサポートしてきたご両親は、上の自宅でお孫さんの面倒を見ているとのこと。
今後はご主人夫妻により手を広げ過ぎない範囲で、永く商売を続けて行かれる方針のようだ。
私もこれからは、その意向に沿って通い続けようと思う。
以前の頃も休日などはかなり混んだが、今回の店はより手が限られるため、昼でも安直に蕎麦1枚と言う使い方には不向きと思われる。
長時間待たされることも想定され、それを回避するには夜に予約して訪れることをお奨めする。