4回
2020/08 訪問
変わらないこと、引継ぐこと
冷やし中華¥900
或る歌舞伎役者に風貌が似ている先代と店の外で会い挨拶をする、足が遠くなったのに覚えていてくれた。
聞けば引退なぞしていないと仰る、まだまだ現役でやりますよと飄々としている。
生意気にも軽口を叩いてしまったと自戒する、本当は別で京浜東北線のカレーなど食べようと思っていたが不意を突かれたので僕は店に入った。
冷やしがある。
もう20年以上通っているけどここ数年ありつけていない。
店内にはフェイスガードを付け明らかに先代に似ている若者とさらにもう一人、そして見覚えのある給仕さんがいる。
ほどなくして冷やしが出てくる、飾り気のない冷やし中華、きゅうりとチャーシューと黒ゴマしか食材がない。
僕が今まで麺に付けたことのない辛子がいつも通り縁に大量に付いている。
僕は給仕に話しかけてしまう、給仕も僕を思い出したとこれは営業トークかも知れない。
僕は意味もなく今まで麺に付けたことのない辛子を麺やチャーシューに付け始める、そうすることで目から涙が出てきてしまった。
給仕や二代目は僕が辛子を付けないことを思い出してしまっただろうか、だとしたら計算外だ。
辛子が辛すぎて涙が出てくる、僕は唇に多分、笑みを浮かべていたと思う、気づかれていないだろうか、だとしたら計算外だ。
僕は飾り気のない冷やしを食べ尽くし、ツユを全部飲み干し始めた。
今日のこの店で僕は計算外のことをした、辛子を付けすぎて泣いてしまったこと、それから給仕と昔話をしたことだ。
だってこの店の、目の前の見知らぬ若い店員以外、僕が冷やし中華のツユを飲み干すことを皆知っているのだから。
いま大盛り無料ですよ、と言われたが今まで僕の史上最高の冷やし中華はここしかないのだけれど大盛なぞ頼んだことがないからバランスが崩れるだろうと思って普通盛りにしたんだから。
僕は店を出ようとする、暖簾を出る前に二代目を振り返り、僕は親指を立てて拳を出してしまった。
二代目は軽く会釈した。フェイスガードはちょうど光が屈折していて笑ったかどうかは確認出来なかったしどちらでもよいと思った。
そう言えば辛子は殆どなくなっていたと思う、かなりの量があったのに。
そして昔話をすること涙腺が緩むことは、認めたくないのだけれど、年をとったということなんだろうと、思う。
(現代に輪廻転生して出会った、佐世保出身の素晴らしい作家風に)
2020/08/07 更新
★★★
【再訪中】
麺のコシと喉越しが先代そっくりになった。
そして先代より遥かにイケメンで三浦春馬かよって。貴様がツケ場で突っ立ってるころから来てるんだぜ覚えてる?
立派な二代目になった。
お涙はやらん。芥子付けたって目から汗はもう出てこないぜ、
ここより美味い冷やし中華は、無い。
親父さんどうしたかな、芝居行ってきますわ。