6回
2022/12 訪問
鮮度と技を極め、粋を集めた極上の蟹懐石
とびきり新鮮な旬の厳選素材を、研ぎ澄まされた技で極上の懐石料理にしつらえる、富山が誇る日本料理の名店「ふじ居」。真冬の富山を代表する味覚であるカニとブリが、本当に旨い極めつきの料理で堪能できる。店主の鮮やか包丁さばきや風雅な日本庭園を目の前にしたカウンターは、清々しい気品の中に、はんなりとしたぬくもりが漂う。この上なく上質な空間で、しばし幸せな気分に浸って、心洗われる思いがする。
【料理、味】
通常の和懐石のコース料理(本体2万円+税サ各10%で計24,200円、2023年1月以降は同30,250円)は、向付、椀物、お造り、八寸、焼き物など一品ごとに多様な食材を繰り出すが、カニを中心にしたコース料理は、本ズワイガニのオスとメス(香箱蟹)を組み込んだ特別仕立て。カニ料理の中でも特においしい味わい方をいろいろ満喫しつつ、寒ブリなど富山の旬の多彩な食材も合わせて楽しめる(料理代は通常コースの2~3倍程度)。香箱蟹と蟹しんじょうは、通常コースにもついている。
0.紫蘇香煎:香ばしい小さなあられが入った白湯のような透明でごく淡いお茶。
食前酒:満寿泉のお屠蘇またはセイズファームのノンアルコール。
アルコールを頼むと、岩瀬のガラス作家・安田泰三氏の器の中から好きなものを選ぶ。お酒は半合にもでき、ノンアルコールもいろいろ種類があり、いずれも良心的な価格。
1.八寸
富山の多彩な食の恵みと季節の彩りを美しく盛り込んだ八寸は、富山の地産地消と京料理の雅を凝縮していて、コース料理を華やかに演出する。八尾の下尾デザイン製の1枚板に飾り付けてディスプレイした後、1人前ずつ盛り付けて供される。冬牡丹の雪囲いを模した細工や赤い実のナンテンが、師走の雪の風情を感じさせる。ナンテンは「難を転じる」ということから縁起がよいとされ、花言葉は「福をなす」。まもなく迎える新しい年の幸せを願う、店の心遣いがそっとこめられている。
①ナマコ(七尾)
「茶ぶり」(番茶で湯がく)で柔らかく仕上げたナマコ酢を、雪囲いを模した細工で覆った器に。ひんやりしてコリっとしたナマコの歯ごたえに、ヌルっとした口触り、ほどよい塩気と酸味。
②ジャコとエノキのおばんざい
ジャコの硬くしまった歯ごたえと塩味、エノキのしゃくしゃくの食感と旨味が重なり合う。
③洋梨と生ハム
富山県産の洋梨に生ハムを巻いたもの。洋梨はみずみずしくて口当たり滑らかで、さわやかな甘みの後に、生ハムの塩味が追いかけてくる。
④八尾の高野もなか屋の最中に五箇山の堅豆腐
パリっとした最中の皮の中に詰まった五箇山豆腐は、ペースト状に裏ごしして胡麻と醤油であたりを整えて煮込んだ。素朴でやさしい甘みと口溶け。
⑤庄内麩にカマンベールチーズを挟み、さっと火を通して醤油を炒りつけたもの
庄内麩のもっちりとした食感にカマンベールの甘みと酸味が絡む。
⑥鶏のももの挽肉、カシューナッツ、ケシの実を使ったパテのようなもののオーブン焼き。
⑦イクラ:七尾のイクラをすだちの釜の器で。塩味控えめのすっきりした上品な甘み。
2.蟹しんじょう
富山市の音川地区の聖護院カブラをみぞれ仕立てにした汁をはった蟹しんじょう。輪島で特別にあつらえたお椀は2羽の雷鳥をあしらい、フタの内側は立山連峰。
蓋をあけると柚子の香りがたつ。汁を吸うと、みぞれ仕立てのカブのまろやかな甘みと舌触りが口に広がり、体にしみる。蟹しんじょうだが、カブの方が主役と言っていいぐらいカニの風味は控えめで、ふんわりやさしい味と香りと口溶けが、実にはんなりとして上品なしんじょうだ。
3.蟹刺し
新湊で今朝揚がった、1kg超えのサイズで鮮度抜群の本ズワイガニ。富山のカニは、漁場が近いため、とにかく鮮度がよい。まだ脚が少し動いている新鮮なカニを、大将が客の目の前で手際よく鮮やかにさばく。蟹刺しは、きれいに身をはがして氷水に浸し、粒粒に花が開く頃合いを見計らって引き上げる。それを、醤油に生姜を少し落として味わう。
新鮮そのものの蟹刺しは、丸ごとかぶりつくと、みずみずしく、口の中に入れた瞬間の軽い粒粒感がとろけて溶けて、すっきりとした甘みがしみわたる。醤油をつけ、生姜を加えると、よりきりっとした味に変わる。茹でガニでは味わえない鮮烈な味わいだ。
4.お造り(寒ブリ)
新湊で今朝獲れた10kgオーバーの大物で、正真正銘の寒ブリ。中トロ、大トロ、砂ずり(希少なお腹の中心部分)の3種類の部位を、サクの状態でお披露目してから切り分ける。新鮮でみずみずしく張りのある身だから、包丁を入れると「シャッ、シャッ」と軽くはじけるような音がする。朝獲れをランチで提供するからこその鮮度だ。わさび醤油、富山産の辛味大根のおろし醤油でいただく。
中トロは、すっきりとした甘みの脂身に少し血合いも含み、滑らかな口溶けとさくさくした歯ごたえと2つの食感が入り交じる。大トロは、淡い色の脂身でありながら、みずみずしくてサクサク感があり、かんでいると溶けて甘みが広がる。スナズリは、弾力のあるサクサク感があり、甘みが濃厚で力強い。
おまけで出された「血合い」の部分は、鮮度の関係でランチでしか味わえない特典とのことで、こぎみよい歯ごたえで雑味がなく旨味が濃い。さっぱりした辛味大根のおろしが、甘く濃厚なブリを一層引き立てる。
5.甲箱
当店の冬のスペシャリテと言うべき名物料理で、ズワイガニのメスを生のまま醤油ダレに漬け込んだもの。内子と外子の他、蟹ミソや脚の身を甲羅に詰め込んでいる。
濃い茶色で小さな粒状の外子は、きりっとした濃い口の醤油ダレをいっぱいに含み、ぷちぷちした触感。濃いオレンジ色の内子は、ねっとり濃厚な旨味に軽いほろ苦さが混じる。甲羅の底の方に潜んでいる脚の身は、カニの身なのか内蔵なのかわからないぐらい、トロトロしている。土鍋で炊き上げたご飯に乗せて食べると、粒立ちがよくて甘味が強いコシヒカリが一層旨味を増して、箸が止まらない。毎年食べたい誘惑を起こさせる逸品だ。
6.焼蟹
焼蟹は、脚と胴体の部分を火鉢の網の上に乗せ、富山の和紙をかぶせて焼く。桐の火鉢は、店主が京都で修行中に骨董屋で買った江戸時代のもの。かぶせる和紙は、水に濡らして軽い蒸し焼き状態にし、焦げないように途中で霧吹きでさらに水を差す。絹のようにつややかな質感の白い和紙から、ゆらゆらと湯気が立ち上る。脚は5~6分、胴体は12~13分かけて、じっくり火入れしたカニの身は、水分と旨味が保たれ、しっとりジューシーに仕上がる。
脚の部分は半生的で、みずみずしさとともに、火入れしたからこその甘みが堪能できる。軽く蒸している分、強い甘みというより、しっとりして上品な甘みに仕上がっている。じっくり火入れした胴体部分は、殻ごとかぶりつく。身がしっとり柔らかく汁をたっぷり含んでいるから、身だけきれいに吸い取れる。きめ細かく繊細な身のクリアな甘さに、殻の塩分が絡まって旨味が増す。
カニ料理の中で、一番甘みが強いのは焼きカニだ。焼き過ぎると、網の上で肉汁が吹きこぼれてしまったり、水分が抜けてしまったりするので、自分で上手に焼くのはなかなか難しい。
7.蟹しゃぶ
蟹しゃぶは、湯にさっと数秒くぐらせたカニを、カニの出汁とカニ味噌、2つの味でいただく。
出汁は、さばいた蟹から取ったもので、カニ臭さがなく、ふくよかに透明で上品な味わい。しゃぶしゃぶにしたカニの身は、蟹刺しよりも甘さが控えめで、口にすると細かい繊維にほどけ、つるつるして素麺的な触感。
緑色がかった黄土色のどろっとしたカニ味噌は、ほろ苦さを含んだ出汁の旨味が深くて濃厚だが、意外と口当たりがよくクリーミー。これを、カニの爪の部分の身につけてかぶりつく。濃厚なカニ味噌をまとった甘みのある身が、ご飯粒のようにホロホロとほぐれて、口の中にあふれる。
8.甲羅
カニ味噌の入っていた甲羅にお酒(または出汁)を注いで作ったスープ。取り分けて、コップに注いでいただく。濃厚な旨味がありながら、さっぱりとした後味で、カニの出汁の優しい風味で心も体も温まる一杯。
おまけで出された小鉢の一品は、細い脚先など食べにくい部分から身を取り出して、ほぐして味噌をからめたもの。見た目はよくあるカニのほぐし身だが、ふっくらとして、雑味のない上品な味わい。
9.柿なます
大根と人参の紅白なますに南砺市福光のあんぽ柿を乗せ、胡麻醤油をあわせた酢の物。あんぽ柿は、干し柿にしてはすっきりとした甘さで、紅白なますはさっぱりとしていて、たたみかけるような圧巻のカニ料理の流れの余韻をきれいに受けとめる。
10.ぶり大根飯
ぶりの身を塩と出汁で低温調理し、その出汁で炊いた大根飯。お米は、富山の福岡地区の赤丸米(コシヒカリ)。ほぐしたブリの身は、ブリの脂のみを使ってツナのように仕立てた。
よくある醤油仕立ての濃い味付けのブリ大根とは全く違い、細かく切った大根はごくあっさりした味付け。ツナ状のブリは、程よくやさしい味つけの中に、しっとりした旨味が凝縮している。ブリの出汁の旨味と程よい脂っ気をまとったご飯がすすむ。
食べきれない分は、おにぎりにして笹の葉で作った折り詰めで持ち帰り。とろろ昆布をまぶしたものと海苔を巻いたものと2種類の味が楽しめて、翌朝に食べても、おいしくいただけた。
11.プラチナアイス
満寿泉の純米大吟醸“プラチナ”の酒粕を使ったアイス。高岡の「能作」製の錫のスプーンで。
酒粕の芳醇な風味をしっかりきかせながら、冷たくすっきりした味わい。
12.紫芋きんとん
紫イモのきんとんにブランデーをかけ、炙って香りづけした。クロモジで作ったおはしでいただく。
・食後のお抹茶
【総合的な感想】
ふじ居の蟹料理は、刺身、焼き、しゃぶしゃぶ、香箱、甲羅酒など、カニの本当においしい食べ方を厳選し、鮮度と技を極めて、カニという富山の自然の恵みを存分に満喫させてくれる。これだけ粋を集めた高いクオリティーのカニ懐石は、なかなかお目にかかれない。店主の藤井寛徳さんは、ミシュランやゴ・エ・ミヨをはじめ各方面から既に高い評価を受け、さらに高い境地を見すえ、店が休みの日を利用して京都や東京の超一流店を訪ねるといった研鑽も続けている。
20年ほど前、鳥取の港町の民宿で、朝獲れの松葉ガニのフルコース(一人前でオスとメス2匹ずつ)を1泊2食2万円ほどで腹一杯食べて、質・量ともに大満足で心に残るものだった。また、小さい頃、カニを丸ごと1匹買ってきて、家族で黙々と食べるのは格別のごちそうだった。カニ料理の楽しみ方はいろいろあるが、ふじ居の場合は、料理の質の高さや五感の繊細なニュアンスを追究するとともに、カニだけでなくブリや八寸なども組み込み、懐石料理としての完成度と優美さも両立させていて、カニの楽しみ方として、一つの到達点を示している。
高額で贅沢かもしれないが、他にはない多くの付加価値があり、一品一品丁寧に磨き抜かれた料理はほぼ非の打ち所がない。オスのカニが加わることでお代が跳ね上がるが、いいカニは仕入れ値が格段に違う。最高峰レベルの名店の味の何たるかを一度でも知ってみるのは、いい経験になると思う。自然の恵みの素晴らしさと、それを生かし切る店主の真摯で誠実な姿勢に敬服しました。
年末にあたり、おいしい料理をいただけることに感謝しつつ、新たな年が、世の中の平安とすべての人々の幸福に向かう、希望ある1年になることを祈ります。
【参考情報】
富山で獲れるカニの90%以上はベニズワイガニで、ズワイガニの水揚げは、福井、石川のほぼ10分の1以下と少ない。富山のベニズワイガニには、「高志(こし)の紅(あか)ガニ」というブランドがあるのに対し、ズワイガニには「越前ガニ」や「加能ガニ」のようなブランド名はついていない(ただし、漁港が認証するタグがつく)。全国的にも、ベニズワイガニの方がズワイガニの5倍ぐらい多い(2021年実績)が、福井はズワイガニの方が多い。
2023/04/13 更新
2022/06 訪問
清々しく気品ある雅な季節感、格調と温もりの贅沢な和の空間
「ふじ居」は、富山の旬材を駆使し、京の雅と気品を感じさせる研ぎ澄まされた日本料理を供する名店中の名店。風情のある数寄屋建築に日本庭園、銘木をふんだんに使った内装やカウンター、器や調度品にいたるまで、すべてが一級品ぞろい。奥ゆかしい風格のある特別な空間で、日常をしばし忘れる贅沢な時間を過ごせる。
【料理、味】
季節感豊かな料理の数々は、京都・金沢・富山の名店で経験を積んだ店主・藤井寛徳氏の冴えた技と真摯な人柄と、富山を中心に厳選した旬の新鮮な食材とが合わさり、シンプルに見えて奥深く、飾り気を抑えながらも華やかさがある。
今回は、6月20日に解禁になった鮎やトウモロコシを使った夏の定番メニューで、清々しい日本の夏を感じる料理。
0.紫蘇香煎:白湯のような透明でごく淡いお茶。
食前酒:満寿泉のお屠蘇またはセイズファームの梅のジュース。
1.水無月豆腐
コースの最初は、いつも日本の伝統的な神事や行事にちなんだ趣向が施される。そこには、日本の伝統文化を大切に受け継いでいきたいという、店主の思いがこめられている。今回は、半年間の汚れを祓う「夏越しの祓え」として「蘇民将来子孫也」と書いた厄除けのお札が添えられた。京都の八坂神社の主祭神・素戔嗚尊(すさのをのみこと)が旅をした際、蘇民将来という人物が宿を貸してもてなしたのに対して、子孫末裔まで守ると約束したという故事に基づく。
先付けは、水無月の胡麻豆腐、雲丹とジュンサイ。胡麻豆腐は、口当たりが滑らかでやさしい味わいの中にゴマの風味がしっかり潜む。ウニは、表面を軽く炙ってあり、香ばしいほろ苦さが甘いとろみを引き立てている。ジュンサイは、シャキシャキしたみずみずしさが弾ける。
2.玉蜀黍しんじょう
トウモロコシのしんじょうに白エビ(岩瀬)。鉄線をデザインした輪島塗の器で。
上に乗った白エビは、表面を軽く炙った半生で、香ばしさととろりとした甘さが混じる。その下には、焼いたトウモロコシの力強い甘さと、ふっくら柔らかい口あたりのやさしい甘みのしんじょうが重なる。
3.お造り1
ボタンエビは、元気に生きた状態で体がきれいに透き通っているものを、客の目の前で大将がさばき、頭の部分は炭火でじっくり焼いた。キジハタ(新湊)は、今朝獲れて血抜きと神経締めをして7時間ほど経過し、食感はしっかりしたまま少しずつ旨味が出てきている。醤油、塩にポン酢で。塩は、能登半島の珠洲の塩田で作ったもの。
キジハタは、こりっとした弾ける歯ごたえと力のある旨味が両立している。ボタンエビも、身が締まって力強い弾力感と濃い味わいがある。エビの頭は、じっくり火入れしているから、パリっとしているが焦げ目がなくソフトな食感で、エビの味噌の濃厚な旨味が詰まっている。
4.お造り2
越中バイ(新湊)は、身が柔らかくて甘みが強く、バイ貝の中の王様とも言うべき最高峰。生姜醤油、塩・ポン酢で。
大ぶりのバイ貝を大きめにカットしてあるから、こりこりさくさくの食感と甘みの濃い味わいで口の中が満たされる。ショウガのすっきりした刺激が夏らしさを感じさせる。
5.冷麦
笹の葉の冷や麦は、笹の葉を粉末にして麺に練り込んだもので、大将が修行した実家の蕎麦屋の麺を使用。とろろいも、海苔とともに。
麺は、もちもちとしてコシが強い。笹の葉の緑色が夏らしい涼感。そもそも冷麦は、そうめんと違って、うどんの一種なのだということを認識させられた。
6.八寸
富山の山海の旬の食材を盛り込んだ八寸は、いつも季節感と彩りにあふれて心を躍らされる。
・大ぶりのサザエ(新湊)は、さっと茹で上げ、出汁でのばした味噌で和えた。
・茄子(富山)は軽く焼き、富山湾のタイやヒラメなどの白身魚を合わせた八丁味噌で味をつけた「魚味噌」の田楽にした。
・旬のヤマモモは、氷見のセイズファームの赤ワイン・メルローを使ってロップ煮にした。
・ジャコと万願寺唐辛子を炒めたおばんざいを、ほおずきの中に盛り付けた。
・越中八尾の高野もなか屋の最中は、皮を炭で炙り、たたいて煮込んだオクラを詰めた。
・魚のすり身と玉子で作ったカステラ。
・氷見のマグロに、アボカドと海苔を合わせ、山葵醤油で和え物にした。マグロは、これから北海道や青森の方に泳いでいく途中のもの。
7.天然鮎
鮎(神通川)は、炭火で約1時間かけて焼き上げた。全体にムラなく火が通るように、一番固い頭が火に近くなるように傾けて焼き、身はふっくらとさせ、焦げやすいシッポの方は干物のように仕上げた。鮎に合わせる「タデ酢」は、炊いたご飯を純米酢に浸し細かく撹拌して裏ごしし、トロっとした米酢を作り、それを最低2年以上寝かせてまろやかな口当たりにしたもの。食す直前に、タデのペーストを合わせ、鮮やかな緑色を出している。
小ぶりの鮎を頭から尾びれまで丸ごと食べる。ふっくらと言うより、しっとり柔らかい干物的な仕上がりで、ヒレにも焦げ目のない見事な火入れ。苦味はマイルドで、天然の鮎の野生を凝縮したような味わいだ。全体的に黒っぽくてスリムな見た目もインパクトがある。一般的な鮎の塩焼きとは、かなりイメージが異なる。
8.毛蟹
毛蟹(輪島)は今が旬で身が詰まっている。ハスイモ(ズイキの一種)は、茹でてから、味をつけた出汁に漬け込んだ。そこに、さっぱりとしたダイダイ(柑橘)のゼリーをかけた。お箸とスプーンで。
ダイダイの爽やかな酸味と、シソの風味、カニの身の旨味、カニ味噌のほろ苦みが夏らしい。ハスイモは、シャキシャキしてみずみずしく、薄めのさっぱりとした味わい。
9.吉川茄子
福井県鯖江市の伝統野菜で農林水産大臣賞を受賞したという吉川茄子は、賀茂茄子の祖先とも言われる丸ナスの一種。皮を剥いて油で揚げた後、出汁で炊いた。
吉川茄子は、イチジク的にきめが細かく、とろりとしたクリーミーな舌触りで、出汁が染み油をまとった旨味があふれる。
10.お食事
トウモロコシ(富山産)のご飯。当店の夏のスペシャリテのような一品。つみれの味噌汁、水ナスの漬物とともに。
トウモロコシの強い甘みとぷちぷちの心地よい食感で、ご飯もおいしい。たかがトウモロコシと侮れない旨さで、箸が止まらない。いつものように、残った分は折り詰めにして包んでもらい、冷めてからもおいしくいただけた。
11.デザート
プラチナアイスは当店の定番で、純米大吟醸「満寿泉プラチナ」の酒粕を使ったアイス。能登の大納言あずきを使ったあんことともに、「能作」製の特注のスプーンでいただく。
日本料理においては、フレンチほどにはデザートが主張しない。このプラチナアイスは、そういうバランスを熟慮した完成度の高さが感じられる。
12.お抹茶
【雰囲気、サービス】
緑深い木々と大きな石と池を配した立派な日本庭園に面したカウンター席は贅沢そのもので、名刹や神社のご神木などを使った内装は、凜とした格調がありながら優しいぬくもりが感じられる。店主の藤井さんの温かい気配りとあいまって、風格がありながらゆったり気持ちよく過ごせる贅沢な空間になっている。
【CP、総合評価】
料理、空間、もてなし、どれもが心地よく、店主に見送られて店を出たあと、しみじみとした幸せの余韻がしばらく続きました。店主の藤井さんは、富山の料理界の牽引者であり、ゴ・エ・ミヨ ジャポン 2022で「明日のグランシェフ賞」を受賞したが、既に全国的にも高い域に達している。富山のここにしかない価値があり、富山の宝だと思える名店です。
2022/07/02 更新
2021/11 訪問
ご飯が止まらない香箱蟹の醤油ダレ漬け、他にはない超新鮮なブリ
富山ならではの食材を駆使し、季節感豊かで京都の雅を感じさせる料理は、華美ではないが華があり、洗練されて凜とした清々しさがあふれている。見事な日本庭園に面し、銘木をふんだんに使った数寄屋風のカウンターでの食事は、富山のこの店にしかない贅沢だ。
【料理、味】
料理は基本的に昼夜ともに、2万円+サービス料10%+消費税10%で、24,200円のおまかせコースのみ。今回は、晩秋と冬のはしりの料理で、期待通りカニとブリがついた。予算と人数に応じて、大きなズワイガニも用意できる。いつもながら、京都、金沢の名店で修業した主人の確かな腕と、穏やかでいて芯の強いお人柄が、料理やサービスの隅々まで行き届いているのを感じる。
0.紫蘇香煎:小さなあられの入った、白湯のような透明でごく淡いお茶。あられの香りが香ばしい。
食前酒:満寿泉のお屠蘇またはセイズファームのノンアルコール。
1.玄猪結び
コースの始めに、日本の伝統的な神事や行事などを踏まえた料理がよく出てくる。今回は、「玄猪」。その年に新しく収穫した米で餅をついて「亥の子餅」を食べ、収穫を祝い、無病息災、子孫繁栄などを祈願する行事を「玄猪」という。その亥の子餅のように、もち米を蒸し上げた「飯蒸し(いいむし)」をトトロ昆布で包み、カラスミをまぶした。
もち米は、甘みと粘りが力強く、とろろ昆布の旨味とうまく絡み合う。カラスミの風味もいいアクセントになっている。
2.蓮根餅、蟹しんじょう
加賀レンコンで作った蓮根餅に、富山産の蟹のしんじょう。お椀は輪島塗り。
目の前でお椀にお出汁を注いだ瞬間、いい香りが立ち上る。蓮根餅は、もっちり感とやさしいほろほろ感が混じり合い、やさしい甘み。蟹しんじょうは、ふわっとして、やさしい口溶けで、上品な味わい。ふくいくとしたお出汁と柚子の香りが広がる。餅もしんじょうも、余計なつなぎを抑え、素材そのものの味わいを、ふんわりとまとめている。
3.お造り
四方の天然のブリにバイ貝。ブリは、大トロ、中トロ、砂ずりの3種でいずれも脂の乗ったお腹の部分。ブリは、わさび醤油、バイ貝は能登の珠洲の塩とスダチで。
天然のブリは、漁師が船上で神経締めした朝獲れの7~8キロのもの。鮮度がいいから身がきれいで、血の斑点が現われず、全体的にしっとりしているという。みずみずしくサクサクの食感で、口にふくむと脂がきれいに溶けていく。店主が言う通り、富山でしか食べられない味だ。バイ貝も、かむと音が弾けるコリコリシャクシャクの食感。能登の塩で旨味で引き立つ。
前回夏に食べたマグロもそうだったが、究極に新鮮で身がきれいな刺身のおいしさが、いかなるものかを、改めて教えられた。
4.甲箱
香箱蟹は、蒸し蟹かケジャン(生のまま醤油ダレにつけこむ料理)か事前に選択する。今回はケジャンを選択。ケジャンにはご飯もつく。米は富山の赤丸地区で作っている特別なコシヒカリ。
ケジャンと言っても韓国料理とは違い、和の醤油ダレの濃厚な旨味が、カニにしみわたり、身はしっとりとろんとし、内子はウニのようにとろけ、原形が崩れかけ、固体から液体に移行する途中のように渾然としている。そのまま食べても旨いが、ご飯といっしょに食べると、濃厚な旨味が脳を刺激し、陶酔の境地にはまってしまった。粒立ちのよいご飯そのもののおいしさも相まって、ご飯がどうにも止まらなくなった。カニに、こんなに旨い食べ方があるとは知らなかった。
5.八寸
色づいた柿の葉をあしらい、日本の秋のにぎわいを感じさせる美しい盛り合わせ。器は八尾の下尾デザインが1枚板で作ったもの。
①魚のすり身と玉子で作ったカステラ
ふわふわで、甘くて、味はカスタードプリン、食感はスフレチーズケーキのよう。
②魚津の洋梨:噛むと歯が沈み込むようなソフトな食感。
③五箇山の堅豆腐の白和え:甘みがあって濃厚な味わい。
④七尾産の新物のイクラ:塩分少なめで、すっきりして自然な味わい。
⑤八尾の高野もなか屋の最中にトンブリ:皮は上品で香ばしく、トンブリはぷちぷち食感。
⑥上市のサトイモに玉味噌をつけた田楽味噌
玉味噌は、生玉子と白味噌を合わせたもの。サトイモは、ねっとりとほくほくが混じり合ったやさしい味わい。
⑦エノキとじゃこを炒めた京都のおばんざい:じゃこの塩気がほどよくきいている。
⑧庄内麩にカマンベールチーズを挟んで、醤油で味つけしたもの
もちっとした食感で、外側は辛口の醤油をまとっている。
6.焼き物
富山産のカマス。脂が乗っておおぶりのカマスは、好みに応じてスダチをかけて。
カマスは身に張りと厚みがあって、見た目はウナギのように見える。口にすると、ふっくらしっとりして、細やかにほぐれていく。よくある塩焼きのカマスとは全然別モノ。
7.あんぽ柿
福光のあんぽ柿は半生で、大根と人参のなますとともに、味のアクセントとして胡麻醤油を合わせた。
あんぽ柿はねっとりとして強い甘いがあり、色も鮮やか。なますは、酢のカドがとれてまろやかで、酸味の中に旨味を感じる。
8.かぶら
富山産のカブラ。満寿泉の仕込み水を酒蔵の中の井戸からくんできて、それに昆布をさし、カブラを生から強火で一気に炊き、柔らかくなったところで塩のみで味つけした。
カブそのものの自然な甘みが、ピュアに感じられる。カブは、崩れる少し手前ぐらいに柔らかく、何かのデザートのようになめらかで、スジや雑味がほとんどない。究極的にシンプルでやさしい味わいの料理でありながら、力強い。当店の真骨頂を示す一品。
9.吹き寄せ飯
秋の吹き寄せご飯。むかご(自然薯の養分が玉になったもの)、シメジ、人参、ぎんなん、サツマイモ。
人参でカエデ、サツマイモでイチョウを型取り、見た目にも秋らしい。おこげも、いい案配にできていた。1人で3合分もあったので、残りは持ち帰って、夕食、夜食、翌朝の朝食にした。店主によると、常温のまま食べるのが、個人的にはお薦めとのこと。レンジで温めても大丈夫だった。
香の物は、塩気が少なめで食べやすい。
10.プラチナアイス
満寿泉の純米大吟醸“プラチナ”の酒粕を使ったアイス。高岡の「能作」製の錫のスプーンで。
酒粕の芳醇な風味をしっかりきかせながら、冷たくすっきりして食後の口直しになった。
11.栗きんとん
富山県産の栗を使い、ブランデーをふりかけ、炙って香りをたたせた。
ブランデーの風味で大人の味。栗は、細かい粒子の舌触りに小さな粒を少し混ぜて、食感にアクセントをつけている。
12.お抹茶
【雰囲気】
カエデが一部色づき始めた日本庭園を眺めながらのひとときは、いつ来ても格別だ。そのカウンター席の客側の天井は山形県の御嶽神社の杉、板場側の天井は東照宮の参道の日光杉。大きくて立派なまな板は、ラオスの檜と富山の雄山神社のイチョウの木を使用。玄関周りと看板には、井波の瑞泉寺のご神木(落雷で倒れたときに氏子として手にしたとのこと)を使っているという。ここまで贅沢な造りのお店は、なかなか考えられない。格調と風格にあふれながら、ゆったり落ち着ける空間だ。
【サービス】
店主の穏やかで行き届いた目配りがすばらしい。
【CP】
料理、雰囲気、サービス、すべてにおいてハイクオリティーで満足度が高く、東京などでは決して実現できないコストパフォーマンスだ。
【総合評価】
きょうの料理は非の打ち所がなかった。これなら、総合的な満足度は3つ星クラスだと感じた。富山を代表する店というばかりでなく、全国に誇れる名店だ。東京や京都には、非常に手の込んだ料理、独創的な料理、高級素材を使った料理などいろいろあって、それはそれでいいのだが、そういう店にはない美質が富山の名店にはある。わざわざ遠い都会まで出かけて数万円の高額を払おうという気がますます失せてきました。
2021/11/19 更新
2021/06 訪問
清々しい気品、富山の自然と京都の雅を合わせた日本料理の王道
富山の自然と京都の雅を融合させ、今や、富山を代表する日本料理店と目される。京都の老舗料亭のような外観と優雅な日本庭園、上品で落ち着いた内装は、名店の風格が漂う。富山の食材を生かし、趣向を凝らしながらも、奇をてらわず和食の王道を行く、研ぎ澄まされた料理の数々は、清々しい気品に満ちている。
【料理、味】
素材を素直に生かし、あまりあれこれしない自然体の料理で、華美に飾らない中に粋な雅を感じさせる。
5月に料金を改定し、従来のランチ1万円のコースは、座敷での4人以上での利用に限られ、ほぼ一律、税・サ各10%込みで24,200円のコースだけになった。今回は、その24,200円(税サ込み)のコース。
0.食前の飲み物
紫蘇香煎:小さなあられの入った、白湯のような透明でごく淡いお茶。あられの香りが香ばしい。
満寿泉NIGORI:満寿泉の生酒をお屠蘇で。
1.水無月豆腐雲丹
ごま豆腐は、やわらかくきめ細かな粒感のある口溶けで、自然なほの甘さと塩気を感じる。出汁は、深い旨味とやさしい塩気が入り交じる。ウニは、身がしっかりしていて、味が濃い。そこに、ジュンサイのみずみずしさと、ぷるぷるでぷちぷちの弾ける食感が融合する。
器には、夏越の祓(なごしのはらえ)として、八坂神社から授けられた「蘇民将来子孫也」と書かれたお札が添えられている。
2.白海老しんじょう
白えびは、岩瀬産。器は、テッセンの花をデザインした輪島塗。富山の山菜、ヨシナを添えて。
フタをあけると、山椒の香りがふわっとくる。しんじょうは、月並な表現だが、淡雪のように口の中で溶けくずれ、淡い甘みを残して消えていく。エビ臭さや雑味はなく、わずかに白えびらしいとろみを感じる。ヨシナは、表面はフキのようにシャキシャキし、中心部の方はワラビのようなぬめりがある。苦みやクセはなく、さっぱりしている。
3.お造り1
新湊産のシマダイ。泳いでいるのを生き締めし、血と神経を抜き、4時間ほどねかせた。能登の珠洲の塩とスダチ、または醤油でいただく。
新鮮なシマダイは、かむとプチプチ弾ける歯ごたえ。能登の塩で、身の旨味・甘みが引き立つ。
4.お造り2
新湊産のメジマグロ(今朝揚がったばかり)。醤油と、卵黄を溶いて混ぜた黄身醤油、2つの味でいただく。
色鮮やかな赤身は、さくさくした歯ごたえがあり、かんでいるとツルツルして滑らかな食感で、しっかりした赤身の味わいがある。中トロは、赤身に近い部分と脂身の多い部分が混じっていて、さくさくの歯ごたえと、ほどよい脂身の甘みと口溶けを感じる。大トロは、これまた、さくさく感のある歯ざわりと大トロらしい脂身の甘みとジューシーな口溶け。店主によると、大トロでも歯ごたえを感じるのは、ひとえに鮮度がいいから。1~2日おいて旨味成分を増やしたり熟成させたりするのもよいが、この鮮度こそ、東京や関西の店には真似できない富山の醍醐味だ。
5.唐墨飯蒸し
富山県産のもち米100%で、自家製のカラスミをすってたっぷりまぶした。
もち米は甘みと歯ごたえがあり、カラスミの風味と塩気とよく合っている。ただ、もち米は、椀に盛ってから時間がたっていたのか、何かの間違いなのか、表面が乾燥して相当に固かった。
6.八寸
①じゃことセロリのごま油和え
セロリの香りとシャキっとはじける歯ごたえが鮮やか。ごま油が、セロリのみずみずしさとジャコの塩味にからみ、甘味とまろやかさを加える。
②最中(たたきオクラと梅肉入り)
最中の皮は、八尾の高野ものか屋製。口にすると、皮の中から、たたきオクラのぬめり感と梅肉の酸味が出てくる。
③すり身と卵の入った和風カステラ
すり身のとろみと卵焼きの甘味があり、カステラというより、かまぼこと甘い卵焼きをミックスしてクリーミーな口当たりにしたような感じ。
④スナップエンドウのお浸し
茹でて出汁につけこんだもので、スナップエンドウの味がはっきり感じられ、ほのかな甘みとほろ苦さと香りがする。
⑤ナスと池多牛のしぐれ煮
池多牛は、富山市西部にある池多ファームの牛。しぐれ煮といっても、味つけはさほど濃くなくて、牛肉そのもののジューシーな旨味が感じられる。
⑥庄内麩
生麩の庄内麩にカマンベールチーズをはさみ、醤油味で炒めたもの。
庄内麩は、山形県庄内地方の特産で、江戸時代に北前船で富山を経由して関西に運ばれた。「ふじ居」の店舗が、北前船を相手にした廻船問屋の邸宅跡にあることを踏まえたチョイスである。
⑦そら豆
⑧さざえの味噌和え
さざえは、さっきまで生きていた新湊産のもので、肝が鮮やかな明るい緑色をしている。田舎味噌が良く合う。
7.焼き物(マナガツオの炭焼き)
マナガツオは、肉厚で結構ボリュームがある。おろし醤油をつけていただく。皮はぱりっとして、身は、ふっくらしながら張りもあり、ほどよく脂ののったやさしい味わいで、旨味と塩気のバランスもよい。
8.毛蟹はす芋
輪島産の毛ガニの身とみそに、はす芋とズイキを添え、柑橘のダイダイのゼリー(出汁の入ったジュレ)とともにいただく。
毛ガニは上品な甘みがあり、器の下の方にいくと、カニ味噌の濃厚な味が混じってくる。ズイキはしゃきしゃきの食感。ダイダイのゼリーの酸味がさわやかだ。
9.新玉葱
玉葱はオーブンで1時間ローストし、カツオと昆布の出汁に、乾燥した白えびからとった出汁を加えた。
玉葱は、とろとろに柔らかく、玉葱の自然な甘みが出ている。スープにも玉葱の甘みととろみが加わり、出汁もきいていて、どこかフカヒレのスープ的な深い味わいも感じる。
10.熊うどん
熊は、八尾の大長谷で獲れたツキノワグマ。うどんは、半生の氷見うどん。
熊の肉は、牛のコマ肉のような感じ。肉は口の中で柔らかくほろほろと細かく溶けていく。脂身は、くどくなくて、澄んだ甘みがある。氷見うどんは、やわらかめで、つるつるの食感。カツオと昆布の出汁にくまの出汁が加わり、深いコクのある力強いスープになっている。
11.プラチナアイス
満寿泉の純米大吟醸“プラチナ”の酒粕を使ったアイス。
口にすると、酒粕の香りが鼻に抜ける。酒粕が結構きいていて、酔いが回りそうな感覚になる。酒に弱い人には、ちょっと抵抗があるかもしれない。
12.和菓子
葛焼き。奈良の吉野の本葛と上白糖を練り込んで焼き上げた。
外側は固く厚い皮に覆われ、容易に切れない(どう考えても焼き過ぎ・・)。何とか切ると、中には、熱々で細かく刻んだ本わらび餅が詰まっている。つやつやで、葛の自然な甘味がある。
店主こだわりの器も美しい。なお、前回食べた1万円のコースと比べて、今回は、品数が多いだけでなく、変化とメリハリに富み、派手ではないが彩りも増えて、かなり印象が変わった。総じて大満足で、「完璧」と思える料理もいくつかあった。やはり、相応のお金を出さないと、当店の本来の実力はわからなかった。
【雰囲気】
門構えからして、特別な場所という風格が漂う。店の中に入れば、木の質感が上品で落ち着いた雰囲気で、窓の外には緑豊かな見事な日本庭園が広がる。そして、店主の終始穏やかでこまやかな気配りがあり、居心地がよく、心が晴れ晴れとして安らぐ。店主の流れるような包丁さばきや、たおやかな動きが奥ゆかしい。実に優雅で上質で、贅沢な空間だ。
【サービス】
とにかく、店主の気配りや穏やかな応対が心地よい。お酒は1合が基本だが、自分の口に合うお酒かどうか迷っていたら、半合よりもさらに小さいグラスで出してくれた。また、客が以前来たときに食べた料理と重ならないように、料理の差し替えもしてくれるようだ。
【CP】
料理のクオリティー、雰囲気が非常にハイレベルで、料金に見合っており、十分満足できる。
一般的に、高級店のディナーのコース料理の基本料金は、ミシュランの星の数✕1万円ぐらいが1つの目安になるが、近年、年を追って高くなってきている。ふじ居の料金設定は、妥当なところだ。
【総合評価、感想】
富山で最も格式の高い日本料理の店として、全国的にも誇れる名店と言ってよいだろう。また、富山の食材の力を、改めて実感した。
2021/06/09 更新
2021/04 訪問
祝2つ星獲得。風雅な日本庭園をめでながら贅沢なひととき
廻船問屋の邸宅跡にある店舗は、京都の老舗料亭のような趣のある建物に、石と緑と池を配した日本庭園が実に見事だ。カウンター席に座ると、絵に描いたような庭の景色が目の前に広がる。そんな贅沢な空間でいただく料理は、素材を生かし、簡素でやさしく素直で、季節感が自然に伝わってくる。
【料理、味】
今回は1万円のコース(サービス料10+税で12,100円)
0.食前の飲み物
紫蘇香煎:小さなあられの入った香りのよい煎茶。ほのかにシソの風味がして、気持ちがほっと落ち着く。
MASUIZUMI GREEN:ワイン酵母で醸造した純米生酒をお屠蘇でいただく。フルーティーで甘さと酸味があり、芳醇だがすっきりしている。
1.春菜浸し 白海老
うるい、山ウド、つくし、カタクリの花のお浸しに、やさしい薄口の出汁。山ウドのシャキシャキの歯ごたえや、うるいのほろ苦さなどが春を感じさせる。つくしは、ほとんど苦みがなかった。白海老は表面を軽くあぶり、甘さととろみだけでなく、香ばしさと食感のアクセントを加えている。
2.鯛潮汁
新湊の天然の真鯛。潮汁は、最初に汁だけ口にすると、結構しっかりした塩味を感じるが、鯛の身をほぐして食べ進めていくうちに、塩気が消えて旨味が前面に出た汁に変わる。鯛の身は、ふっくらとしたところと、ぷりっとしたところと2つの食感が楽しめる。目玉の周りのゼラチン質も、甘味があって雑味がなく、おいしくいただけた。
3.お造り
鯛(新湊)とホタルイカ。鯛は、肉厚で小気味よい歯ごたえがあり、醤油と塩(能登の珠洲の塩)でいただく。ホタルイカは、丸ごと湯通しして酢味噌でいただくオーソドックスな食べ方で、身のぷるんとした食感と内蔵のほろ苦い感じが口の中に入り交じる。このところ、いくつかの店でそれぞれ独自にアレンジしたものを食べていたから、ホタルイカと言えばこれだったというのを思い出した。
4.大門素麺
(おしのぎとして)半生の麺を茹でたて釜揚げにし、自家製のカラスミでいただく。カラスミがいい調味料になり、素麺の柔らかくてやさしい甘味を引き立てている。素麺の麺そのものを味わうには、こうしたごくシンプルな食べ方がいい。
5.山菜天ぷら
タラノメ、コゴミ、コシアブラの3種。それぞれ少しずつ違った苦みが春らしさを感じさせる。最初に大きな器(釈永岳氏作)に並べてお披露目したあと、1つずつ順番に揚げたてをいただく。「天ぷらの神様」と呼ばれる「みかわ是山居」の主人・早乙女哲哉氏が、てんぷらは揚げたてをすぐ食べるべきで、客は箸を手に持って待ち構えていてほしい、と言っていたのを思い出した。
6.湯葉、花山椒
(箸やすめ)湯葉はとろける柔らかさで、花山椒の辛味とよく合う。
7.若竹煮
富山の池多の筍に鳴門のわかめ。やさしい薄口のお出汁に山椒の葉の香り。タケノコは、歯ごたえのある部分と先端近くの柔らかい部分の2つが盛り込んであり、シンプルにタケノコの味わい。
8.新生姜ごはん
生姜は、水、酒、塩でさっと炊き上げてあり、シャキシャキの食感。辛いというほどではなく、甘味の強いご飯のおいしさを引き立てている。おかわりしてもたくさん余るから、残った分は、俵型のおにぎりにして笹の葉で作った折箱に詰め、丁寧に風呂敷に包み、手提げに入れて渡された。
9.和菓子
桜餅(長明寺)。もっちりとして歯切れのいい生地、甘さ控えめでなめらかな舌触りのあん、塩気控えめの桜の葉。一流の日本料理店ならではの繊細な一品だ。
飲み物:最後にお抹茶。
今回の料理は、いかにも春らしさを感じる料理だった。複雑な技巧や装飾や組み合わせなどを施さず、素材そのものを生かしたシンプルかつオーソドックスなものが多かった。そういう意味で、独創性とか驚きという部分は少なかった。
【飲み物】
満寿泉のラインナップが充実している。1合千円~2千円ぐらいの吟醸や大吟醸が中心で、半合にもできる。日本酒をいただく盃は、岩瀬在住のガラス工芸家・安田泰三氏作の美しい盃25種類の中から好きな物を選ぶ。
【雰囲気】
京都の老舗の料亭のような外観で、のれんをくぐり、趣のある数寄屋造りの建物に入ると、中は茶室のように静謐で落ち着いた雰囲気だ。無垢な木の質感と淡路の黄土を使った塗り壁に囲まれた空間は、凜とした清潔感にあふれている。掘りごたつのカウンター席にすわると、目の前は一面ガラス張りで明るく開放感があり、外にはかつての廻船問屋の邸宅の中庭が広がる。大きな石や池を配した緑豊かな山水庭園は立派なもので、それを背景にして、大将の包丁さばきを間近に見ながら料理をいただける。こんなに贅沢なカウンターのお店は、なかなかないだろう。
【サービス】
ご主人は、終始穏やかで丁寧で、気持ちよく料理をいただけた。
【CP】
税サ込み12,100円~で、この料理と空間は、納得できる。ただ、今回は、メインの焼き物がなくて、「えっ、これで終わり?魚の焼き物ないの・・・」という思いが残った。メインの焼き物が出る時に、また訪れてみたい。
【総合評価】
風情を感じる非常に贅沢で居心地のよい空間で、上質な料理をいただけて、非日常的な時間を過ごせるという点で、稀少価値があると思う。ご主人のお人柄にも心をひかれるものがあり、また来てみたいと思えるお店だ。
2021/06/09 更新
ふじ居は、「レヴォ」と並んで富山が全国に誇れる名店。その日本料理は、富山の自然の恵みと京料理の風雅が織りなす凜とした気品があり、繊細さとスケールの大きさを感じさせる。富山ならでは選りすぐりの旬の食材、研ぎ澄まされた技、見事な日本庭園と銘木を贅沢に使った数寄屋造りの店構え、そのどれもが超一流で、心豊かで幸せな気持ちに浸れる特別な空間だ。
はんなり雅な気品とやさしさを醸し出す季節感豊かなコース料理は、シンプルに見えて奥深く、飾り気を抑えながらも華がある。一品一品、細部まで行き届いていて、満足感が最初から最後までずっと続く。秋の深まりを感じさせる華やかな八寸は、イクラや洋梨も富山県産で、富山の豊かな食を凝縮している。冬のスペシャリテである香箱ガニの醤油漬けは、ご飯がいくらでも食べられそうな逸品で、この季節になると年に一度は食べたくなる。朝獲れの10kg超の寒ブリは、中トロ、大トロ、砂ずりの3部位の食べ比べができる。口にするとシャキっとした歯ごたえでみずみずしさがほとばしり、澄み切ったきれいな脂身の旨味が口の中に広がり、これ以上のブリは他ではなかなか味わえない。
きょうは遠方からの旅行客がカウンター席に並び、口々に「おいしい」を連発し、歓声を上げ、みんなすごく幸せそうでした。カウンター席の目の前に広がる日本庭園の松や楓や大きな庭石などをながめているうちに、ふと、「なぜ人は旅に出るのか、なぜおいしいもの、美しいものを求めるのか」という言葉が浮かんできました。香箱ガニとブリを組み込んだコースは、1年の中でも特に完成度・満足度が高く、「日本に生まれ、富山に来て、この店に出会えてよかった」という思いがしみじみと湧いてきました。さまざまな社会不安で日々の生活が脅かされ、世界各地で平和が崩されている今、心安らぐ贅沢なひとときを過ごせることに感謝します。
なお、今回の料理の内容については、2年前にレビューした時とだいたい同じなので省略します。